
小江戸川越の川越まつりは、氷上神社の例大祭りとして行われている祭りなので、川越まつりは、この氷上神社の存在を抜きに語ることはできません。
氷上神社の歴史はとても古いもので、まだ古墳文化が全盛であった6世紀頃といわれています。
古くからこの小江戸川越の総社として多くの人に親しまれてきたのが氷上神社でした。
歴代の川越城の城主からも崇拝されていて、小江戸川越の総鎮守となるのがこの氷上神社なのです。
氷上神社の大きな鳥居は、明神型と呼ばれる木造のものですが、木造の鳥居としては日本の神社の中でも最大という大きなものなのだそうです。
さらに氷上神社の鳥居中央には社号が掲げられていますが、これは勝海舟によって書かれた由緒あるものなのだそうです。
川越まつりが始まるきっかけとなったのは、江戸時代の1648年に、当時の川越城の城主であった松平伊豆守信綱が氷上神社にお神輿や獅子頭などといった祭礼用品を寄進して、祭礼を奨励したことが始まりであるといわれています。
氷上神社は昭和の時代に入ってからは埼玉県が指定する文化財に登録されています。
小江戸川越の地元の人々には縁結びの神様としても知られていますが、それは氷上神社が夫婦の神様を祀っているところからきているそうです。
この歴史ある氷上神社は多くのカップルが結婚式を挙げるスポットとしても知られています。
氷上神社の境内には八坂神社の社殿がありますが、これは元々江戸城の二の丸であった東照宮として建てられたものです。
この東照宮は江戸時代の終わり頃に、一度は川越城の中にある三芳野神社に移されたのですが、その後明治時代に入ってから、現在の氷上神社に移されたという歴史を持っています。
またこの氷上神社には柿本人麿神社もあり、柿本人麿祭りもこの川越まつりとは別に行われています。
柿本人麿は丹波や近江など、現在の近畿地方で活躍した人物ですが、柿本人麿の子孫が最終的に移住したこの川越で祀られているのです。
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